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1章 7

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-04-28 20:09:04

 そんなことがあった翌日。俺は教室に着くや否や即座に机に突っ伏し、安堵の声を漏らす。

「学校がこんなに嬉しいと思ったのは初めてだ……」

 アコがいない。ただそれだけだというのにとても心地が良かった。

 いや、アコが悪い子ではないのはわかるのだが、しかし俺の生きたいと願う形と合わないことへの心のずれが、感情を壊していくのである。

 そんな時、俺の背中がぽんぽんと叩かれる。

 顔を上げるとそこには一人の女子がいた。

「八島、どうしたの、そんなに黄昏れて」

 陶器のように白い肌。草色のセーラー服からはふんわりと太陽の香りが漂っていて、くりくりとした大きな瞳が、じっと俺を見つめている。

 そんな倉戸紐育《ぐらどいく》に向けて俺は重いため息まじりに答える。

「あ、紐育……いや、別に黄昏れてるわけじゃ」

「じゃ、眠いの?」

 紐育が少し青みがかったストレートの長髪をかき分けながらくいっと首を傾げた。口元から朝何を食べたのかわからんが、妙に甘い香りが漂う。それは何となく心地のいいものだった。

 俺は頭をぼりぼりと掻き、視線を窓の外へと向ける。初夏の息吹を感じられる明るくて暖かい青空が広がっていて、何とも気持ちのいいものだった。少し開かれた窓から流れる風にはほのか暑さすら感じられる。

 そんな楽園的な空気が俺の瞼を鉛のように重くしていくのだ。

「そういうわけでも……いや、眠いな」 「変な八島」

 と、紐育が俺の肩をつんつんとつつきながら顔を近づけ、

「私の頬をすりすりさせてあげようか?」

 ふう、と耳もとに息を吹き込んできた。

「わあ! 何するんだよ紐育!」  俺は思わず肩をびくんと跳ね上げてしまう。眠気など吹っ飛んでしまった。

「あはは、赤くなってる赤くなってる」

「そ、そんなこと」

「ほれほれ、すべすべのほっぺだぞー? 気持ちいいぞー」

「う……ぐ……なら」

「なんてね」

ぺろっと紐育が舌を出してウインクした。

ああ、紐育らしい。

「はは、ったく紐育は相変わらずなんだから」

これが紐育の性格だ。稚気溢れるというか、もう受験生なんだから少し大人になろうぜというか、言いたいことはいっぱいあるが、でも――

「八島、元気戻ったね」

そこに悪意がないから俺としては強く言えないのである。

「……そうかい? それなら――」

「楽しそーですねえ」

声。

澄んだソプラノボイス。超聞き知った声。 「っ!?!??!?!?!?!?」

俺は声が出なかった。出なかったけど、絶叫してしまった。

矛盾しているようだが、実際そんな感じなのである。

「どったの八島?」

 紐育が不思議そうに顔を近づけてきた。俺の顔との間は五センチもない。近い。  でもそっちに気を回す余裕はなく、俺は――

「あ、ちょっと……お花摘みに」

 そう言って教室を出ることしかできないのだった。

 紐育が呆れたように肩をすくめる。

「ベルサイユ宮殿じゃないんだから素直にトイレって言いなよ」

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